40代中年女性の垂れ流し日記

中年の危機のただ中で、五月雨式に流れていく頭の中のログです。

35歳に禁酒を始めて新たな人生を謳歌している中年ワーママが映えないけど満足した日々を綴ります。

子の中学受験でほとほと東京に疲れたのに、また東京に癒されてもいる

中学受験を控えた小6の秋、本当に数ヶ月先の状況が読めないし、自分自身のストレスはこれまでの人生の中でMAXと言っても過言ではない。

文章を書いたり絵を描くことが息抜きになっていたのに、その息抜きをする余裕すらもなかったこの数ヶ月。

 

しかも2月の本番まであと数ヶ月これが続く。その間、もっといろんなトラブルがくる可能性だって高い。自分は耐えられるのだろうか。

小6の子供は反抗期、やる気がないのに目標だけは高い、生活習慣も年相応に確立していない、そんな我が子をみると、憤りもするし、悲しくもなるし、暗澹たる気持ちにもなる。

せめて受験がなければもう少し穏やかに見守ってあげられるのに。。

 

そして、なぜこの子の生活週間や受験のあれこれを、夫はいつまでも他人事で、私だけが全て背負っているのだろうという腹立たしさも同時に込み上がる。下の子が成人したら熟年離婚をしようと思っていたが、いっその事上の子の中学受験が終わったら、籍だけでも抜かないと気が済まない。

 

そもそも、なぜこんなに私は時間も気持ちもお金も余裕がない生活をしているのか。そうだ、それは東京だからだ。

東京に住んでいるから、いろんな選択肢がみえるし、子供にはできるだけよい生活をさせてあげたいと思うし、大学時代のあの人たちも頑張っているから自分もこのままこの仕事を続けて生活水準を保たねばと思ってしまう。いろんな選択肢の中から、より心地よくてより良いと思われる選択肢を選ぼうとするから、疲弊するのかもしれない。

結局それは、自分の中に軸がないから?不惑もすぎているのに?

東京がいけない。いろんな選択肢の中でフラフラしてしまう環境を作り出しているから。

いっそのこと、移住したらよいのでは。そこで自分の声にしっかり耳を傾けて、子供たちも伸び伸びと育てたい。

 

という感じで、この数ヶ月子供の中学受験にまつわる過度なストレス、夫への不満、代わり映えも楽しいことも何もない生活への閉塞感、自分の肉体の老い、そんな憂鬱なテーマばかりに右往左往している。

 

もう色々限界になって、今日は少し電車で足を伸ばして午前中から都内の美術館と自然園をはしご。

久々に美術館を訪れて、私はつくづく絵が好きなのだと再確認する。

自然園も素晴らしい。私は、手入れされた適度な自然が大好きだ。

少し歩けばJRの駅について、ふらっと立ち寄ったラーメン屋さんの鶏白湯ラーメンは驚くほどコクのあるスープで美味しい。

自分の気持ちが赴くままにゆったりと自分のために過ごす東京で過ごす時間は驚くほど心地いい。

 

東京の生活に疲れ、でもやはり自分は東京に癒されて、生かされてもきたのだと、再確認する。

 

それにしてもやはり疲れている

最高級ビュッフェで色んな内省をした話

30代前半に転職して以来、がっつりボーナスの時期にボーナスをもらう、という給与形態から遠ざかっていたのだが、今の会社が、ボーナスの時期にボーナスを出す会社で、10年ぶりくらいに、ボーナス時期にボーナスらしい額のボーナスを手にした。

 

そのうち、一部は先日の家出の際のアクセサリー購入に費やした。

一部は今一緒に暮らしている家族の皆さん、つまり夫、子供たちが喜ぶことに使いましょう!ということで、なんとなくどこに外食しようか、と心のどこかで考えていた。

 

寿司食べたい

→たまには回らないお寿司を思いっきり食べてみたい

→寿司食べ放題

→寿司ア○デミーは意外と店舗が近くになさそう、雛○司は行ったことないけどなんか今回のイメージではない

→検索

→ホテルニューオータニのSkyラウンジの豪華ビュッフェでは職人さんが握った寿司食べ放題の他にも、国産牛のステーキに1ピース2000円のケーキもデザートコーナーにあるらしい!

→よし、ここだ!でも夜は一人大人2万円弱。。やりすぎでは?

 

という気持ちを飼い慣らし、地震に怯える子供たちを宥めつつ台風で家族皆家にそろい、なんやかんやの日常のいざこざがありつつの土曜日、「まあいつどうなるかわからないし、物価もいつ上がるかわからないし、条件的に行けるうちにいってみるか」ということで、ホテルニューオータニのSkyラウンジを予約、ついに昨晩願望を果たした。

 

以下五月雨式の感想。

(良い感想)

・真っ先に食べた職人さんの寿司はとても美味しかった

・国産牛ステーキも、黒毛和牛しゃぶ焼きも美味しかった

・天ぷらも美味しかった。揚げたて&野菜が甘い!エビが大きい!

・ラウンジSATSUKIで出されているメロンショート、も最高。生クリームが軽くいけど濃厚。

・ピエールエルメのマカロンもよい。

・サラダとかもいちいち美味しかった。

・館内豪華。日本庭園の手入れが行き届いているし、館内も土地が無限にあるくらい、スペースに余裕がある。ラウンジとか本当に雰囲気がいい。素晴らしい建物!素晴らしい文化!

 

(色々な内省)

・最後のほう、すごくお腹いっぱいになった。肉を焼いている匂いとかが最後きつかった。でももう中々行けないと思って、必死に食べちゃった。腹8分目くらいにしたかったのに、必死に食べちゃうのが、自分の品位とか財力・金銭感覚の限界なのかな。

・夫は、食べ過ぎて消化に体が集中してしまって、3時まで寝れなかったっていってたな。(夫は自分の分は自分で払った)この人の品位の限界もそんな感じか。

・ドリンク、水は注いでくれたけど水以外のソフトドリンクは有料で、1杯ずつは頼んだけど、デザートに合わせるコーヒーとか紅茶とか、お腹いっぱいで飲み切れるかもわからない中、頼むのがもったいなくて頼めなかった。あそこで何も気にせずドリンクオーダーできるのが真の富裕層というものなんだろうな。

・子供たち、いなり寿司とかピザとか、普段食べ慣れてるものしか食べてなくて、全然高級食材に手をつけてなかったな。1/5も元は取れていないのでは。でも、「せっかく高いところ来たんだから、もっとステーキとか寿司とか食べろよ!」とかいってプレッシャーをかけたりしなかったのは、我ながらよくやったと思う。

・合計金額、やっぱりすごいな。。エアビー+車移動だったら1泊か2泊伊豆旅行に行けちゃうよ。

・なんだろ、毎回やっぱり食べ放題って無理してしまう。

・このビュッフェは素晴らしい。でもこのビュッフェをどうやったら最大限に自分が楽しめるかというと、ドリンクの注文追加を屁とも思わない財力、つまり自分にとっての1万円を千円くらいに思える財力があり、「たまには外食しよう、でも家族でそれぞれ食べたいものも違うし、子供たちも待つのがまだ苦手だから、ビュッフェにしよう」くらいな感覚で、食べ放題を主眼に置くのではなく、庶民がサイゼリヤに行く感覚で楽しめる諸条件(主に財力)が必要なのだろう。

・一晩あけた今日、「またあのビュッフェで「こどもビール」が飲みたい」といった子に、「こどもビールはあのビュッフェじゃなくても飲めるから!」とちょっと強く返事してしまって申し訳なかったな。ひとつでも楽しい思い出を作ってくれてよかったよ。身の丈にあったお店で外食したときに、こどもビールがあったら頼んであげよう。

 

あれ、内省パートのほうが長くなってしまったけど、まあ行けるうちに一度行けてよかった。料理はすべて美味しかった!

 

まだ軍資金は残っているから、今回の1/3くらいの予算x2回くらいの外食を夏の楽しみにとっておこう。

 

 

 

 

 

大切な人の好きなものは私にとって大切なストーリーになる

なんか、仰々しいタイトルにしてしまったが、最近ふるさと納税でロイズのチョコレート菓子詰め合わせが届いた。

 

そして、その中に、大人気商品、ポテトチップチョコレート(分厚めのポテチにたっぷりのミルクチョコレートがコーティングされている商品)が入っていた。

夕食後にお茶をいれて、ポテトチップチョコレートの箱をあけて、ティッシュペーパーに少し食べて、ポリポリ食べ始めた。

 

数枚食べて、「うーん、やっぱり私はポテチとチョコレートは別々に食べた方がいい派なんだよな」と数年ぶりの再確認をする。

 

私の母はこの商品が大好きで、いつ頃からかわからないけど、ロイズの商品をどこかで見つけては、生チョコよりもこの商品を愛おしそうに開封して、少しずつ、でも結構毎回な量を「この塩気がたまらない」といいながら年に数回ポリポリ食べる姿が記憶に残っている。母は私も大事そうに分けてくれて、毎回私は母があまりに美味しそうに食べるので、これはやはり美味しいに違いない、と思って食べるのだけど、母ほどこの商品の絶妙な美味しさ加減がわからず、なんとなく美味しいを感じられないもどかしさ、を感じ続けていて、実家を出てからもロイズの商品が売っていると、生チョコと合わせてたまにこの商品を買って、美味しさを再確認(でも、やっぱり母親のような絶妙な美味しさを感じるまでには至らない)を繰り返していた。

 

でも、今日、7枚目以降を食べているときに、急に止まらない感じになってきて「あ、これが母が毎回愛おしそうにつぶやいていた絶妙な美味しさなのでは」という感覚がわかったような気がした。40を過ぎて、大切な人が愛おしがっている美味しさに共感できる、どうでもいいほど小さいけど、なんか幸福感のある嬉しさ。

 

そして、母になった私は、子供たちにも、少しずつこの商品をティッシュに広げてお裾分けする。「これ、ばあばが超好きなチョコポテチで、ママはチョコとポテチは別々で食べた方がよくない?と思っているんだけど、ばあばがとにかく好きなんだよね。xx(子供の名前)はどうかな?」と言いながら子供が珍しそうに食べる表情を伺う。

「うーん、チョコの味しかしない」

「うーん、なんかすっぱい味がする」

子供たちは、やはり子供だった頃の私と同じような感想を述べる。

「そうだよね、でもばあばはこれが大好きなんだよ」

「へえ、そうなんだ」

と肯定否定でもなく、ばあばが好きなものを楽しく話す平和な感じの会話が続く。

このポテトチップチョコレートの美味しさは、中年を過ぎると、急にわかってくるものなのだろうか?

愛しい母の大好物から生まれたこの疑問の答え合わせは、子供たちが中年になったときにできたらこれ以上ない幸せだ。

 

 

 

中学受験で色々崩壊しそうだったので、半日家出をした

中学受験をする小学校6年生の受験生と、喧嘩が耐えない夫と、家でじっとしてられない元気盛りの小学校3年生の4人でいつものように過ごしていた日曜日。

違ったことといえば、前日、上の子の通っている塾(S)のクラス分け結果がでて、ブロック落ちで下位クラスへの移動が決定、これはさすがにまずい、ということで、朝起きてすぐに足を引っ張った理科の苦手単元プリントをいそいそ集めてコピーをして、今後のテストに備えてやるようにと子に渡し、いつもよりも頻繁に勉強の進捗に関する声かけをしていたこと。

それがストレスだったのか、声がけをして50分後、ランニングから戻ってきた上の子は、勉強机に突っ伏して、限界の様子。下の子は、サッカーWカップのチュニジア戦をみたくてたまらない。

自分の部屋はあるのに上の子は、怖がりでリビングでないと勉強できない。

「今日はxx(上の子)勉強しないといけないし、この試合は絶対勝つからリビングではみないで。どうしても試合をみたいならパパとどこかスポーツバーとかでみてきて」と下の子に話しかける私。

下の子「もうxx(上の子)のせいでみれないなんて最悪だ」

私「ねえ、xx(下の子)も我慢しているんだから、さっきいったところちゃんとやろう。来週もテストだし、次も成績が落ちたら志望校コースにいけないよ」と上の子に。

不機嫌そうにうんうんいいながら、突っ伏したままの上の子。

私「もう、そんなんだったら今でさえ全然目標に届かないのに、それでこんな感じで勉強する時間に勉強しなかったらどんどん成績も落ちるよ!」

という感じでいつもの負のループに陥る。

夫「xx(下の子)、仕方ないからサッカー外に見にいこう」

私「仕方ないってなに?いつもあなたは私のせいにして。xx(上の子)にとって大切な時期だと思わないの?あなたもxx(上の子)になんとかいったらどうなの?」

夫「(上の子)ちゃんとやったら?」

上の子「ママがまたやらないと落ちるとか決めつけたらか謝ってもらわないとやりたくない」

夫「ママもただ感情的になっただけだからさ、そんなこと言ってても仕方ないよ」

私「感情的ってなに?(上の子に向かって)ママは謝るようなこと言ってないから絶対あやまらないから」

上の子「もうママなんて大嫌い」的なことを言って大号泣。。

といったよくある流れ+この数週間家庭内のいろんなトラブルに見舞われて、かつ次の日は小学校休みのため有給をとっていた、という物理的なセーフティネットもあり、何かが私の中で弾けて、「あ、なんかちょっと今家を一瞬離れた方がいいかも、子供も私ももう限界だ」となり、とっさに銀座近くのホテルを検索した。

「たまにはあなたが上の子にちゃんと話しなさいよ!感情的とか言って感情的になる機会もなくただ傍観しているのがあなたでしょ。」と夫にぶちギレ、夫が上の子と対話した結果、上の子もママが家から出たら勉強を再開する、というので、下の子に次の日の朝に帰ってくると約束をして、ホテル予約を確定し、14時過ぎに家を出て、15時過ぎに銀座近くの宿にチェックインした。

 

ビジネスホテルの一人きりの空間に入った瞬間、とりあえず、部屋のベッドに倒れ込み、みている途中だった映画を1時間ほどみて、仮眠をとって、17時過ぎに銀座に向かった。

いつもと変わらない銀座の風景で、歩行者天国の銀座の大通りはいつも通りきれいで、大きくて、でも自分のメンタルは空虚で、なんとなく所在なく彷徨っている空虚な自分をそのまま受け入れて、誰も見向きもしてくれないでいてくれたけど、でも心はなんだかずっと寂しい。

上の子が、授業参観で私がくると嬉しそうに振り返ってくれた姿、一緒に出かけるといつも嬉しそうに手を繋いでくれたり、先に歩くときにはチラチラ嬉しそうにこちらが後ろにいるかを確認してくれる姿、ヘアドライアで髪をかわかしてもらうルーティンに満足そうな表情を浮かべる姿、そんな愛しい存在のはずの上の子を守りたいし、かわいがりたいのに中学受験が絡むとひどい言葉ばかり投げかけてしまう。

どうしたらいいんだろ、そんなことを考えつつ、MIKIMOTOでずっと欲しかったピアスを爆買いしたり、普段はいけないカウンター式の寿司屋で1万円弱、寿司をたらふく爆食してみたり、ホテルに戻ってラウンジで無料ソフトドリンクとソフトクリームを堪能しつつ、機嫌を取り戻した上の子とメッセージを送りあったり、夫と今後の対応についてメッセージで話し合ったり。

大浴場で、ぼんやりと浴場内に漂う湯気を眺めながら何も考えない時間を過ごしたり、逆に夜はなかなか寝付けなくて、睡眠が浅いまま6時に起きて、帰宅のための身支度をして、向かった東京駅の景色は、どこか地方での合宿から帰ってきたときのような新鮮なものだった。最寄り駅から家までの景色も新鮮で、家に帰って、子供たちと再会して、夫とバトンタッチをして朝食の準備をするのも新鮮だった。

 

つまり、これはなんだろう。半日家出をして、寂しかったりいく前に色々親子共々メンタルがやばかったけど、リフレッシュできたということなのだろうか。

 

14時半すぎに家を出て、23時に就寝、6時に起床して7:30には帰宅。これはやろうと思えば休みを取っていない月曜でも、夕食を準備して、日曜午後に出て月曜朝に帰ってくれば、今後もサステナブルにできるものではないか?

 

今度は、今回みたいな衝動的にやむもやまれず、ではなく、計画的かつ積極的に取り入れるのもありなのかも。一つ選択肢ができて、またサバイブしていくためのテクニックが増えたぞ。

 

 

園芸を初めて2ヶ月弱の感想

なんか楽しい。心が落ち着くし癒される。

基本的に山歩きとかが好きなので、植物に触れるのが性に合っているのだろう。

 

今回は4月末から、初心者に優しいという大葉、葉ネギ、ニラ、生姜、バジル、中級っぽいミニトマトを育てている。

今のところ大葉はようやく育ってきた(種から育てた、途中まで雑草を愛でてしまっていた)、葉ネギは育ってはいるけどちょっと太さが十分じゃないな、ニラも葉ネギと同様、生姜は普通にスーパーで売っているものを買ってきたので、新生姜は芽が出ているけど普通のはこのまま芽が出ないのかな、という感じ、バジルも意外となかなか育たない、大きくなる気配がないぞ、ミニトマトはいくつか実がついていてかわいい、そんな感じ。

もちろん、お世話はするし、ちゃんと育って欲しいのだけど、でも育てて思うのはやっぱり葉ネギとかニラはちょっと地味かな。なんかまあよく使うけど、育ててあまり癒される系ではないかな、という感じ。実用専門。生姜もそんな感じかも。

大葉は簡単な割に、葉っぱもちょっとギザギザしているし、割と初心者が初めやすくて、適度に癒されて実用的でよきよき。

生姜は、癒されないけど、たくさん育ってくれたらまあいいかな、バジルもすくすく育ってくれた良いかなという感じ。

でも何よりミニトマトが愛おしい。どんどん背丈が伸びていっているのがわかるし、花が咲いて、実がついて、育っている実感と実が可愛いので育てていて楽しい。

そう考えると、来年は実がつくものをもう少し(なす、きゅうり、あといちごとか)と袋とかで大根とかニンジンとか、実がどんどん育つ系もいいかもしれない。

 

ということで、園芸は、割と生活の一部として続けられそうである。

よかったよかった。

 

子育ての正解はどうやってもわからない

まあ愚痴である、子育ての。

そりゃ10年以上やってたら愚痴の一つや二つは出てくる。

まして、反抗期に差し掛かっていて、素直&可愛いだけでない子供がいるのであれば。

 

まあ、色々とあるが、あまり詳細に書くと長くもなるし、改めてうんざりもするので手短にいうと、結構我が子のうち一人の性格が昔から繊細で、今は不眠だったり抜毛症を抱えていたりする。

もちろん丁寧な聞き取りやら、気持ちに寄り添うやら、病院にいくやらはしているが、抜本的な解決の道は見えない。

まあその子に関してはずっと、何かと心配が耐えない感じである。

一方、他の子はそういうこともなく、極めて情緒安定して過ごしている。

 

色々子供に心配な症状がある→

あれこれ心配して対処法を探したりする→

その最中に、何かのことで、明らかにこれは子供が悪いだろう、そのいいがかりはあまりにも利分時だろう、ということで子供に罵られたりする

 

そんなことが短期で何度も強度高めのものが繰り返されると、なんかいつまで親って子供に寄り添わないといけないんだろうな、と思ったりする。

通常は社会人になったら独り立ち、というケースがあるけど、もし社会人になれなかったら?ずっと親が面倒をみてこの子の情緒とか気にして生きていかないといかないの?とか、たまに悶々とした気持ちになったりもする。

 

親100歳、子供70歳とかも珍しくない時代、ずっとこの子は私の子供気分で70歳になってもこの調子なのだろうか、などなど。

 

完全に見放すわけにはいかないけど、とはいえ親にも親の人生があるので、一定のタイミングで親だって親がやりたいことに優先順位をおいて過ごしていいとは思う。

 

となると、独り立ちがどうしても難しい場合には、近所にその子が住める部屋を確保して、生活費などは援助して、ちゃんと暮らせるようにはしつつ、物理的には少し距離をとって、精神的には子離れ・親離れを促していくか。

杞憂に終わるといいけどな。そして、ちゃんと大きく成長してほしい。

このプランを実現させるには、お金もそこそこ持っておかないといけないから、稼ぐ方法も見つけないとな。

眠い、今日も徒然すぎる。お疲れ様。

 

ひたすら今日の仕事中は眠かった

別に早起きしてW杯をみていたわけではないけれど、朝からずっと眠気がまとわりつく1日だった。

出勤中から眠くて、11時くらいの自分が話すMTGのときと、昼食時以外はぼーっとしていた。

まあそんな日もある。低気圧の影響だろうか。

生理休暇はあるのに、眠気休暇はないのだろうか、と会社員としてはこれ以上ない意識の低い提言を考えてしまう。

こういう日は早く寝よう。明日もつつがなく平和にやり過ごそう。

久しぶりにブラを新調したら、時の流れに驚いた

身だしなみには、無頓着な方である。

相手が不快にならない程度に、清潔感とかTPOとかは弁えているつもりだけれど。

なので、穴が空いたのでもうこの靴下は履けない、シミが目立つところにできてとれないからもうこのシャツは着れない、みたいな明確な理由がないと様々なアイテムもなかなか新調したりしない。

そういう自分自身の行動パターンを思うと、ブラは最も新調が遅くなる部類のアイテムである。最後に新調したブラは、ワコールのオーダーメードのブラで、生地がとてもしっかりしていて、特に穴が空くとかもない大変高品質な一品。これを2つ購入し、交互に着まわしていた。ホックが一つダメになったけど、胸が隠れれば問題ないので適当に斜めがけでホックをつければいい。

今更見知らぬ誰かとデートをして、ブラを披露するといったイベントもないので、ブラというものはあくまでも胸が透けないよう機能を果たしてくれればよい。

なにより、私には優先度が低い胸をゆっくり採寸してブラを新調している生活的な余裕がない。

そんなこんなで、ありがたいことにブラのことを考えることなく、日々は過ぎて行った。

そして、子供たちが無事塾やスポーツで休日不在にしがちとなり少し時間の余裕ができ、さすがにホックのある後ろの生地が破れ始めて、かつなんとなくサイズもブカブカっぽい感じが気になりはじめたある日、私はついにブラを新調する決心をした。

向かったのは最寄りのワコールがあるデパート。店員の方を呼び止め、ワコールのオーダーブラを買いたい旨を伝える。しばらくブラを購入しない間に、ワコールのオーダーブラのブランド名も変わったそうだが、多分それである、と答え、購入希望の旨を伝える。

店員の方が、顧客情報を調べると言い出す。さすがに何年前かも思い出せないくらい昔なので、多分記録にはないのではないか、と私。電話番号が変わってなければあると思う、と店員。

電話番号を伝える私。電話番号を検索し、私の旧姓フルネームを当てに来た店員。

まさか、履歴が残っているとは。。

「13年前のご購入ですね」店員さんがおずおずと切り出す。

「じ、じゅうさんねんまえですか!?よく履歴が残ってましたね」

13年ブラを新調していなかった事実に動揺を感じつつ、できるだけにこやかに応対しようと踏ん張った私。

その後、鏡ばりの計測室で、中年そのものの自分自身の上半身と向き合いながら、13年かあ。まだ結婚するかどうかのときで、妊娠はまだしていなくて、いや、まだ20代か。30代はブラを買うこともなく、13年、がんばってきたんだなあ。そりゃ、サイズもあわなくなるよなあ。。と13年ブラを新調できなかった衝撃と自分へのねぎらい・憐憫が入り乱れた感情に圧倒され続ける私。

店員さんは、そんな私の感情をしってか知らずか、極めてプロフェッショナルに、必要以上のことは立ち入らず、淡々と計測してくれる。

ふと、13年前に新調した現役のブラが、脱衣エリアに隠さないまま置いていることに気がつき、さっと隠す私。

きっと、この店員さんもこの13年現役ブラを見てしまったに違いない。でも表情に出さずに淡々と接してくれてありがたいなあ、などと思いながら、計測結果を待つ私。

計測結果は、13年前の採寸からアンダー+13、トップ-10。

13年の時の流れのリアルを突きつけられた計測結果だった。

 

 

 

pappara84